選挙にはもはや欠かせない?
ブログが果たす役割
2005年9月に行われた衆議院選挙は、いわゆる「刺客候補」擁立などの仁義なき政争もあって、大きな盛り上がりを見せた。もちろん、それはインターネットの世界も同様で、たいへんな騒ぎとなっていた。しかしインターネットという観点で見ると、今回の選挙は多少趣が違っていたようにも思われる。その要因となったのが「ブログ」の存在である。
選挙に限らず、これまでネット上の情報流通に役立っていたのはニュースサイトやメーリングリスト、メールマガジンなどであった。しかしこれらは、たとえ有用な情報が掲載されていたとしても、その掲載情報が広がるまでに時間がかかっていた。もちろん、更新の頻繁な大手ニュースサイトは相互にリンクされ、それなりの速度で情報が広がっていたが、そのような大掛かりなサイトは決して多いわけではない。メーリングリストやメールマガジンも同様であろう。それを変えたのが、2004年ごろからブレイクしたブログの存在である。
もともと個人的な日記が中心のブログだが、情報流通にも大きな力を発揮している。従来型のWebサイトを更新するには、HTMLの知識や技術、あるいはWebデザイン用のアプリケーションが必要であった。しかし、ブログはそれこそWebブラウザさえあればだれでも簡単に更新できる。また、ほとんどのブログは、携帯電話からの更新にも対応している。つまり、ブログはニュースのような高い更新頻度が必要な話題を扱うのに非常に適したツールなのだ。実際、従来あったテキスト系のニュースサイトも、かなりの数がブログに移行している。
さらにポイントとなるのが「トラックバック」の存在である。トラックバックとは、リンク先の相手に対してリンクを張ったことを自動通知する仕組みのことで、言わば「ブログどうしのコミュニケーション」と言ってもよいだろう。このトラックバックが相互リンクの密度をさらに濃厚なものにし、「情報のくもの巣」を構成しているわけだ。「個人的な見解を書ける」「だれでもすばやく簡単に更新できる」「トラックバックであちこちへ複合リンクを張れる」…このようなブログのメリットが、情報流通に大きな役割を果たしたことは想像に難くない。実際、「郵政民営化の是非」などの小難しい議論などは、大手マスコミサイトの解説よりも、個人ブログによる平易で歯に衣着せぬ意見が役に立ったように思う。
「胡散臭い」で検索すると
あの人のサイトがトップに
ネット上の選挙ネタという意味では、掲示板に触れないわけにはいかない。当然のことながら、選挙前の書き込みもすごいことになっていた。例えば巨大掲示板の2ちゃんねるでは、夕刊紙で不倫騒動が報道された岐阜1区の佐藤ゆかり氏は「ゆかりたーん(萌え〜)」というノリのアイドル的存在になっており、たいへんな騒ぎとなっていた。テレビや新聞では、真偽の定かではないプライベートな問題が話題に上ることはないが、ネット上では政党名も候補者の実名もガンガン登場し、ひぼう中傷や、どこまでほんとうかわからない「怪文書」のような怪しげな情報が乱れ飛ぶ。ブログのほうは比較的責任のあることばが多いのだが、掲示板の方ではまさしくお祭り騒ぎである。
また、Webサイトで公開されている各党のポスターやマンガなどもおもしろく加工され、画像系の掲示板で公開されていた。特に強烈だったのは、民主党のポスターと、国民新党がWebサイトに掲載した4コママンガのパロディだったのだが、興味のある人は見てみてほしい。
ところで、今回のネット騒動で特に目を引いたのが「Yahoo!」の検索結果に関する事件であった。何と、「胡散臭い」というキーワードで検索すると、亀井静香氏のWebサイトがトップでヒットするという事態が起きたのだ(Googleではまったくヒットせず、MSNでは3番目のヒットだった)。おそらく第三者が悪質ないたずらを仕掛けた結果だと思われるのだが、話題を呼び始めてもYahoo!サイドからは何の処置も施されず、結局修正されたのは選挙が終わったあとだった。検索結果があちこちで公開される前に、何らかの方法でチェックすることはできなかったのか、あるいは、何らかの恣意的な力が加わっていたのではないか…など、深読みし出すとキリがないわけだが、とにかくYahoo!サイドはもう少し誠実に対応すべきだったと言えるだろう。
未来の選挙はどうあるべき?
ITと選挙のかかわり
IT時代だと言われながら、選挙ほどITからかけ離れたものはない。もともと、日本の選挙は世界的に見てもユニークなものである。例えば記名投票を行っているのは、世界でも日本だけらしい。候補者に○×をつけたり、選択したりする方式が世界では一般的なのだが、日本ではご存じのように、政党も候補者も選択方式ではなく、きちんと記名しなければならない。
選挙システムが旧弊なままで、電子投票さえも行われていないのも問題だ。もちろん、電子投票の実験には世界中に失敗している事例があり、本格的な実現は遠い未来の話だとは思うが、実験さえもほとんど行われていないのはいかがなものか。日本という国は電子投票というシステムにはうしろ向きなのだとしか思えない。リニアモーターカーのテストも大切だろうが、選挙のような「国民の権利や義務」という基本的な部分にも、もっと力を入れてほしいものだ。
選挙運動についても違和感が漂っていた。例えばexciteのトップページには、民主党の全面広告がドカンと表示されていたのだが、選挙期間中は肝心の民主党の公式サイトの更新は停止したままで、メールマガジンも停止されていた。インターネットを使った選挙活動が違法であるのが理由らしいが、さすがにこの時代にこれはいかがなものかと思う。
各政党のマニフェストも、カカクコムが比較サイトを用意してくれていたので目を通せたが、あのサイトがなかったら、あいまいなままで選挙に行かねばなかったのだろう。カカクコムは例のウイルス事件で株を落としたが、今回のマニフェスト比較については、「よくやった」と手放しで賞賛したいと思う。
ともあれ、今回の選挙において、ネットの世界で主役だったのは、各政党の公式サイトでもメールマガジンでもなく、個人のブログや掲示板であった。しかしブログや掲示板は、一部を除き、所詮は個人の趣味の範ちゅうを超えるものではない。進化の早いこのIT時代に、旧弊なシステム、百年一日がごとき選挙運動に固執することにどれほどの意味があるのだろう。新しいものがすべてよいと言い切ることはできないわけだが、新しいシステムが参入する余地がまったくないシステムというのも恐ろしいのではないだろうか。
NETWORKWORLD 12月号(2005年10月18日発売)掲載
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