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3月7日付 編集手帳

 俗謡にある。〈酒は憂いの(ほうき)といえど/掃いては(ちり)より(なお)むさい〉。酒は憂いを掃き出す箒というけれど、掃けば(吐けば)かえって身も心も前より汚く、むさくるしくなるものだよ、と◆吐くほどの深酒ではなくとも、(うつ)を散じるつもりで飲みはじめた酒が、酔うほどに心を重くする。演歌の好きな人は美空ひばりさんの「悲しい酒」を口ずさむかも知れない◆〈飲んで()てたい面影が/飲めばグラスにまた浮かぶ〉(詞・石本美由起、曲・古賀政男)。この歌詞には科学的な根拠があるらしいと、何日か前の新聞記事に教えられた◆ラットを箱に移して電気ショックを与える。いったん通常の飼育環境に戻したのち、再び、嫌な記憶の残る箱に入れる。と、アルコールを飲んだラットは素面(しらふ)のラットよりも、恐怖におののくようにじっとしている時間が長かった◆東京大学のグループが、米国の専門誌に発表した研究成果という。受難の箱に呼び覚まされた恐怖の記憶がアルコールによって薄まることなく、逆に強められたためらしい◆よし、もう、憂さ晴らしの酒は飲むまい。記事を読んでひとつ利口になったが、胸のなかで時折、「悲しい酒」を「スーダラ節」が()き消す。〈分かっちゃいるけどやめられない…〉と(詞・青島幸男、曲・萩原哲晶)。利口が長続きしなくて困る。

2008年3月7日01時31分  読売新聞)
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