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教育ルネサンス

「道徳」の力(1)

高校でも必修化 チーム組み模索

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頭を抱えた男性のイラストを前に考え込む生徒。右は横山教諭(茨城県立水戸工業高校で)=松本美奈撮影

 茨城県の県立高校は、今春から道徳を必修化している。

 ふだんは現代社会と地理を教える横山恵美子教諭(58)は、教室に入ると、県教育委員会が独自に作ったテキストを開かせ、「皆さん、この人を知っていますか」と明るく語りかけた。

 19日に行われた水戸工業高校(水戸市)機械科1年B組の道徳は、ナチスの迫害を受けたリトアニアのユダヤ人を救った外交官、杉原千畝(ちうね)が題材。正義や人類愛を考えさせる狙いだ。

 横山教諭は、年表や地図、イラストなども使って経緯を説明。日本政府とユダヤ人の窮状の板挟みになった外交官の心情をグループで討論させ、頭を抱える男性のイラストの横に書き込ませた。

 「困ったなあ」「ああどうしよう」……。イラスト同様に頭を抱える生徒を見ながら「グループ討論は早かったかなあ」と横山教諭の表情にも困惑があった。

 茨城県は4月から総合的な学習の時間を使い、1年生に週1時間、年間35時間の道徳を学ばせている。目立つ若者の無気力や、凶悪犯罪の続発を受けて、高校段階でも自らを見つめ、考えさせる時間が必要と考えたからだという。

 道徳専門の教師はいない。6割の学校で学級担任が担当するが、公民科の教師が受け持つ学校も目立つ。その中で、水戸工業は、担任と、生活指導や進路指導の担当以外の全員を、5、6人ずつに分けて、チームでクラスを担当することにした。毎回、話し合って指導案を作っている。

 全員で取り組むのは、押し付け合いを排除し、様々な人生経験を持つ教師のかかわりで効果を高めたいからだ。中川隆行校長(56)は「道徳は教育の要という姿勢を示すには、学校挙げての取り組みが不可欠」と意欲を見せる。

 今年2月、横山教諭が当時の2年生約200人に小中学校で道徳の授業を受けた経験があるかを尋ねたところ、半数以上が「ない」と答えた。難しい年齢の高校生に、教師が一方通行の授業を続けたら、そっぽを向かれかねないだけに、各チームとも知恵を絞る。

 生物の教師は遺伝子を題材に命の尊さを伝え、漫画に詳しい数学教師は「北斗の拳」を使って思いやりの心を、美術教師は茨城県出身の陶芸家、板谷波山(いたやはざん)の生涯を描いたテレビ番組で夢や誇りを考えさせる――。「なんだか苦手」と言う生徒もいるが、「テーマがいろいろで面白い」と好意的な生徒も増えてきた。

 2年前、県の道徳教育研究指定校になった三和高校(古河市)は、規範意識育成を核にすえた。毎回、冒頭10分間をお辞儀の仕方に充て、ゴミの捨て方も学ぶ。ほかの授業でも服装検査の指導を拡充した結果、昨年度は、遅刻・早退率、服装指導での不合格率、学校行事への欠席率、校則違反率、進路未決定率の「社会性尺度」5項目すべてで前年度を上回った。

 だが、担当の鹿島正人教諭(52)は「未経験の授業だけに、毎回の内容の組み立てが非常に大変だ」と打ち明ける。

 ある進学校の教師は「生徒は教師が望んでいる回答を読み取ってしまう」とこぼす。別の高校の教師は「テキストの漢字が読めない生徒さえいる。道徳の時間は、作文を書かせるなど、就職対策の時間に充てている」と明かす。

 学年末の成績評価も教師を悩ませる。県教委は文章での評価を求めている。

 2004年度に文部科学省の研究開発学校の指定を受けた岩井西高校(坂東市)は、1年だけでなく2年でも授業を続行。毎回使う作業シートに授業の感想を書かせ、教師の評価を書き込む。1年間の心の成長を、教師と生徒が一緒に振り返るには、年度末に書く数行では意味がないと判断した。

 「これ以上、道徳に時間を使いたくない」「生きる力をつける好機」。様々な見方がある中で、100校を超える県立高校の教師たちの手探りが続く。(松本美奈)

小中で導入 来年50年…教科への格上げ議論に

 道徳の時間が国の学習指導要領に定められているのは小中学校で、高校にはその規定はない。小中学校で道徳が始まったのは1958年。来年で50年になる。その歩みは平坦(へいたん)ではなく、「戦前の『修身』の復活だ」「消極的すぎる」と、導入当初から激論があった。

 現行の指導要領は、道徳教育を「学校の教育活動全体を通じて行う」と位置づけ、道徳の時間の数値評価をしないなど、教科と一線を画している。

 最近では、指導をより充実させようと、政府の教育再生会議が「徳育」の教科化を提言、文部科学省の中央教育審議会でも議論になった。茨城以外の自治体でも、高校での導入を検討する動きがある。いじめや犯罪の低年齢化など、子供を取り巻く状況が大きく変化し、規範意識や思いやりの心の育成への期待が、これまで以上に高まっていることが背景にある。

 ただ、授業を組み立てることの難しさは変わっておらず、学校や学級単位でさえ、取り組みに濃淡がある。文科省が2003年度、約36万校に聞いた調査では、小学校の約2割、中学校の4割が、標準とされる年間35時間の授業時間を下回っていた。

 茨城県の道徳テキスト タイトルは「ともに歩む―今を、そして未来へ―」。盛り込んだ35の題材の中には、恩田陸さんの人気小説「夜のピクニック」や中田英寿さんのブログ(日記風ホームページ)も含まれる。「自分自身に関すること」「他の人とのかかわりに関すること」など、中学校の学習指導要領にある四つの視点、23の項目すべて学べるようにした。使用義務は課していない。

(2007年10月30日  読売新聞)

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