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「共謀罪」焦点に

 ロス疑惑「一美さん銃撃事件」を巡り、元輸入雑貨会社社長、三浦和義容疑者(60)が再び逮捕された事件では、3日開かれたサイパンの法廷で、弁護側が逮捕の不当性を主張し、今後の争点が鮮明になった。一つは日本の司法制度にない「共謀罪」。もう一つが判決が確定した事件で再び刑事責任を問われないという「一事不再理」の原則だ。(社会部 石間俊充、松田晋一郎、ロサンゼルス 藤山純久)

実行の合意だけでも成立

■共謀罪

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移送に関する審理を終え法廷を出る三浦元社長(3日、サイパンの北マリアナ上級裁判所で)=吉岡毅撮影

 事件発生時から捜査にかかわったロス郡検事局の元捜査官・ジミー佐古田氏の1日の記者会見。報道陣から「新証拠」について質問された佐古田氏は「それは重要ではない」とかわしながら、「共謀罪」の存在を何度も強調した。

 銃撃事件の日本の裁判では、実行役として起訴された男性が無罪になったことが問題になった。だが、米国の共謀罪は犯罪の実行を合意しただけで処罰できるため、実行役が判明しなくても立件の障害にならない可能性がある。

 共謀罪の立証には、合意された犯罪計画が実行に向けて進められていることを示す「外的行為」が必要で、三浦元社長が今回逮捕される根拠となった1988年5月の逮捕状には、銃撃現場で実行役に手で合図したという目撃情報など20の「外的行為」が挙げられている。

 佐古田氏が「(共謀罪の成立を示す)数々の状況証拠があり、固い事件だ」と述べたのも、外的行為が多数に上ることを念頭に置いたためとみられる。

■証言が重要

 ロス市警に有力な新証拠がない場合、カリフォルニアの裁判では、日本の裁判で検察側立証の核になった証拠や証人に大きく依存することになる。カギとなるのは、日本からどの程度、協力を得られるかだ。

 米国の刑事手続きに詳しい甲南大学の渡辺修教授(刑事訴訟法)は「共謀を立証する証言が重要になる」としたうえで、「当時の証言は記憶が薄らいでいる可能性が高いため、新たな証言を取るというより、当時作成された調書を一つ一つ証言者に確認する作業になるだろう」と語る。

立証、日本側の協力カギ

■捜査協力

 そこで必要になるのが当時、警視庁などが取った関係者の供述調書だ。日本の裁判で使われた銃撃事件の確定刑事記録は膨大で、東京地検が保管している。

 日米刑事共助条約(2006年6月批准)では、相手国からの捜査協力の要請を拒否できる理由として、安全その他の重要な利益が害される恐れがある場合などを掲げているが、法務省は「確定記録の提供であれば問題ない」とみている。

 これに対し、三浦元社長の弁護人、弘中惇一郎弁護士は「日本には『共謀共同正犯』という概念がある。一美さん銃撃事件では『共謀』についても無罪判決があったと理解している」と主張。米国側から捜査協力の要請があっても、断るよう法務省などに申し入れる方針を明らかにした。

 米国の捜査当局にとって、もう一つの課題は、一美さん殴打事件で有罪が確定した元女優などから協力が得られるか。元女優が米国に渡れば再び処罰される可能性があるため、京都産業大の渥美東洋教授は「協力を得るには、米国側が証言者を罪に問わない刑事免責を与えることが必要になるだろう」と話している。

三浦元社長の逮捕状に記載された「共謀罪」の 根拠となる20の「外的行為」
 時期内容
1981年7月三浦元社長が元女優に犯行を持ちかける
 三浦元社長が元女優にロサンゼルスまでの渡航代を渡す
 元女優が航空券を購入
8月三浦元社長が一美さんに7500万円の生命保険をかける
 三浦元社長が元女優に犯行を指示
 元女優がロサンゼルスに渡航
 三浦元社長と一美さんがロサンゼルスに渡航
 三浦元社長が元女優と会い、凶器を渡す
 三浦元社長が、元女優に犯行を最終的に指示
10 三浦元社長が、元女優に犯行を最終的に指示
1111月三浦元社長が一美さんに7500万円の生命保険 をかける
12 三浦元社長が一美さんとロサンゼルスに渡航
13 三浦元社長が一美さんをフリーモント通りに連れて行き、氏名不詳者に銃撃を合図
14 氏名不詳者が一美さんを銃撃
151982年2月三浦元社長が保険金を請求
16 三浦元社長が保険金を請求
173月三浦元社長が保険金を請求
18 三浦元社長が約3000万円の生命保険金を受け取る
19 三浦元社長が約5000万円の生命保険金を受け取る
207月〜8月三浦元社長が約8200万円の生命保険金を受け取る
太字は、日本の裁判で認定された事実
は銃撃事件に直接絡む項目

「ロス疑惑」の経緯
太字が銃撃事件関連
1979年7月三浦元社長が一美さんと結婚
1981年8月一美さんがロスのホテルで後頭部を殴られ負傷(殴打事件)
11月一美さんがロス市内の駐車場で銃撃を受ける(銃撃事件)
1982年11月一美さんが神奈川県内の病院で死亡
1985年9月殴打事件で警視庁が三浦元社長と元女優を 殺人未遂容疑で逮捕
10月三浦元社長と元女優を起訴
1986年7月元女優の実刑判決が確定
1987年8月殴打事件で東京地裁が三浦元社長に 懲役6年の実刑判決
1988年5月米・ロサンゼルス市警が三浦元社長に対し、殺人と共謀容疑で逮捕状
10月銃撃事件で警視庁が三浦元社長と知人の男性を殺人容疑で逮捕
11月三浦元社長と知人男性を起訴
1994年3月銃撃事件で、知人男性が無罪判決
1998年7月銃撃事件で東京高裁が三浦元社長に無罪判決。知人男性は無罪確定
9月殴打事件で最高裁が三浦元社長の上告を棄却。実刑判決が確定
2003年3月銃撃事件で最高裁が検察側の上告を棄却。三浦元社長の無罪確定

「一事不再理」巡り応酬

 「移送手続きの正当性を争ううえで、『一事不再理』が根本的な問題となる」

 3日午前、北マリアナ上級裁判所で開かれた三浦元社長の審理後、主任弁護人のブルース・バーライン弁護士は約50人の報道陣を前に強い口調で訴えた。

 バーライン弁護士は三浦元社長の逮捕の不当性を強調し、ロサンゼルスへの移送を断固拒否する構え。その最大の根拠としているのが、「一事不再理」の原則だ。「三浦元社長は日本で無罪が確定している。この判決は尊重されるべきだ」と主張する。

 これに対し、今回の捜査を担当するロス市警のリック・ジャクソン捜査官は先月25日の記者会見で、「一事不再理については検事局と協議してきた」と明言。「別の国で裁かれた罪でも、我々には逮捕を優先させる法的権限がある」と述べ、元社長側から「一事不再理に反する」と指摘されるのを見越したうえで検討を重ね、逮捕に踏み切ったことを示唆した。

 米国でも、合衆国憲法修正第5条で一事不再理が規定されているが、「外国の判決には、一事不再理を適用しない」との判例が定着している。カリフォルニア州では、メキシコへの凶悪犯の逃走が社会問題化したことをきっかけに、04年9月に州刑法が改正され、国外で判決が確定していても再び同じ罪に問えることが明文化された。ロス市警の判断の背景には、こうした法改正もあるとみられる。

 「アメリカの刑事司法」の著書がある弁護士の島伸一・駿河台大教授は「犯罪が行われた後に施行された法律はさかのぼって適用できないという『刑罰不遡及(そきゅう)』は刑法の原則だが、刑事手続きの規定には適用されない。一時不再理も手続きに関することであり、改正後の州刑法が適用されることになるのではないか」と話している。

共謀罪
 2人以上で違法行為の実行を合意した時、合意した事実を処罰する規定。共謀相手が特定できない時や違法行為を実行しない時も有罪になる。テロ対策などのため導入している国が多いが、日本では制定されていない。
2008年3月4日  読売新聞)
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