YOMIURI ONLINE
教育メニューです
本文です

教育ルネサンス

「社会科」を問う(5)

市民の目線で模擬裁判

写真の拡大
模擬裁判の授業で、起訴状を朗読する検察官役の生徒。34人の生徒の心証は有罪15人、無罪19人と意見が割れた(5日、足立区立第四中で)

 2年後に始まる裁判員制度。どう教えるか、学校の模索が続く。

 15対19。有罪か無罪かの意見は割れた。東京都足立区立第四中学校の社会科(公民的分野)の授業で行われた模擬裁判。裁判官、被告、検察官、弁護士、証人役を3年1組の生徒が演じ、ほかのクラスメートは裁判員として見守った。

 裁判の直前、山田勝之教諭(48)が強調したのは、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の原則だ。路上で女性から現金入り封筒を奪い、女性にけがを負わせたとして、被告の男が強盗傷害罪に問われたという設定だった。

 検察側は、現場近くで逮捕された被告が奪われたのと同額の現金を持っており、1万円札に開いた二つの穴が、道端に捨てられていた封筒にあるホチキスの針の跡と一致すると指摘。弁護側は、目撃者がおらず、封筒に被告の指紋がないと無罪を主張した。

 前日に模擬裁判をやった3年5組では、評議の日を迎え、班に分かれて証拠の有効性を議論していた。ある班は6人中2人が当初、無罪の見解だった。「1万円札の穴は偶然の一致では」「あり得ない。無理がある」「指紋がないのは手袋をしていたからでは」。20分ほどの議論で、全員有罪で意見が固まった。

 「えっ、意見が変わっちゃったのか。目撃者はいないんだよ」と山田教諭が少し慌てる。前日にも話した刑事裁判の原則を強調し、この日の授業は終わった。

 次の授業で、クラス全体で討論した結果、最終的に無罪が3分の2を占めた。

 同校の模擬裁判の教材は、山田教諭らも加わって法務省が作った。裁判員が取り扱うのは殺人や強盗傷害、身代金目的誘拐など凶悪事件が多いが、過去の事例をもとに、教育現場で取り扱える内容に工夫した。今年2月から同省のホームページに掲載され、各学校で活用することができる。

 文部科学省では昨年、法教育の研究を進めるため、横浜市教委と鹿児島県教委を指定した。鹿児島では、中高の社会科教員65人を地裁に集めて法教育の研修を実施。小中高8校では模擬裁判や弁護士による出前授業を行った。県教委は「法曹界とも連携を深めることが出来て、成果を上げられた」という。

 ところが、別の教委を対象にした今年度の募集では、名乗りを上げた教委はなかった。「地域によって温度差があるようだ」と文科省教育課程課は見る。

 「法律を教員が教えるには相当の準備が必要」「裁判員として評決することまで考えると腰が引ける」。9月28日、東京都内の中学校で開かれた「法教育シンポジウム」では、参加した教員から不安の声が出た。

 これに対し、法教育の推進役の一人、鈴木啓文弁護士は「裁判官と同じレベルで判断する必要はない。国民として意見を言うことが大事だ」と強調した。教員が法律の専門的な知識を持つ必要はなく、日常のルールのもとで、生徒に考えさせることが大事だという。

 学校に法教育を広げるには、教師の意識を変えるもう一押しが必要のようだ。(大垣裕、写真も)

 裁判員制度 2009年5月までに始まる。20歳以上の国民を対象に、くじで裁判員6人が選ばれ、公判に出席して法廷で証拠を調べたり、証人の話を聞いたりする。評議、評決では、裁判官3人と話し合って有罪、無罪の判断や刑の内容を決める。議論を尽くしても全員一致の結論が得られない場合は、多数決で評決が行われる。最終的な判決は裁判長が言い渡す。

(2007年10月20日  読売新聞)

ご意見やご感想、体験談を募集しています