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教育ルネサンス

大学の地域貢献(1)

世界遺産の町に「宮島学」で一役

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宮島中の教壇に立つ県立広島大の大学院生、大知徳子さん。厳島神社の歴史を教えた

 「地域学」で町の活性化に取り組む大学が増えている。

 世界遺産、厳島神社で知られる広島県の宮島(廿日市市)。その地元の市立宮島中学で7月中旬、県立広島大学(広島市)の大学院生、大知徳子(おおちとくこ)さん(23)が教壇に立った。宮島の歴史や文化を学ぶ総合的な学習の時間「みやじまタイム」だ。

 テーマは厳島神社に12世紀から続く管絃祭(かんげんさい)の今昔。「知っていることを挙げてみて」という問いかけに、「神様を船に乗せる」「ちょうちんをともす」と生徒から元気な声が上がる。大知さんは、祭りの写真や宮島の地図を次々にスクリーンに映し、古文書の研究で分かった昔の祭りの様子や祭りの起源を説明した。

 「初めて知ることばかり」「一つの祭りに色々な歴史があることを知った」。授業後の感想文から、授業の新鮮さが伝わってくる。

 木本弘士校長(53)も「私たちにできない切り口で教えてもらえる点がいい。大学院生と接することで、子供たちが将来の生き方を考える機会にもなった」と満足そうだ。

 この日、中学校を訪れたのは、大知さんのほか、院生と学部生が1人ずつ。3人とも教師志望だ。授業に先立ち、約500年前から続く「宮島踊り」を継承する住民グループから、子供と一緒に踊りを習った。学生らは学ぶ立場にもある。

 県立広島大と宮島中との交流は今年6月から始まった。学生参加で宮島を活性化させる昨年度からの大学の事業の一環だ。

 宮島の歴史や文化を研究対象とする「宮島学」を基盤に、教員が特別授業をしたり、学生が伝統文化を学んだりするとともに、教員や学生が中学校で授業をしたり、住民対象の公開講座を開いたりといった地域連携にも取り組む。

 「宮島学」には、伝統工芸や伝統芸能の後継者をどうするか、世界遺産と共生する町作りのあり方は、といった様々な研究テーマがあるという。

 「公立大学の使命とは何かを考えた。宮島の活性化と学生教育を両立し、地域住民と一緒に考え、行動する学生を育てるのが狙い」と事業の責任者で人間文化学部の秋山伸隆教授(54)。年間を通じて多くの学生や教員が訪れる宮島は、第二のキャンパスとも言える。

 広大な農地が広がる丘陵地のキャンパスからは、オホーツク海も見える。東京農業大学オホーツクキャンパス(北海道網走市)には「オホーツク学」がある。

 地域活性化を目指す2005年スタートの教育プログラム。特に3、4年生向けには、世界遺産の知床を題材にした経済や社会と環境の共存を考える授業、新規就農や農業ビジネスを学ぶ授業など五つの特別講義が用意された。「地域が学校」という理念を掲げ、現地調査や農場実習などの体験活動を重視している。

 これまでも、農家や水産加工会社でアルバイトをし、卒業後、農場の後継者になる学生もいれば、地元の海産物を生かした特産品作りにかかわる教員もいた。

 「個別の取り組みを、大学全体での取り組みに変えていく。そのためのオホーツク学なのです」と同大学オホーツク実学センター長を務める黒滝秀久教授(50)が強調する。

 一つひとつの大学が地域での存在意義を問われる中で、地域学は、地域貢献のカギを握っているようだ。(木田滋夫、写真も)

 ◆「教育」「研究」と並ぶ三本柱

 「地域貢献」は「教育」「研究」と並ぶ大学の役割の三本柱の一つと位置づけられるようになった。地域貢献が注目される背景には大学を取り巻く環境の変化がある。

 我が国は、少子化に伴う大学全入時代が到来、4年制だけで700を超える大学がひしめきあっているのが現状だ。こうした中で、国立大学に独立的な経営を促す法人化(2004年)もあって、大学の競争的な環境がいっきに高まった。

 文部科学省の中央教育審議会は05年の答申「我が国の高等教育の将来像」で、産学官連携や地域貢献などの社会貢献機能を、世界的な研究・教育拠点、高度な専門的職業人養成、生涯学習の拠点などとともに七つの機能の一つとしてあげた。答申は今後、大学ごとに緩やかな役割分担が進むとも指摘している。

 文科省は04年度から「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」(現代GP)といった補助金制度を作り、大学の社会貢献機能の強化を促す政策も採っている。

 ◎GP=Good Practice(すぐれた取り組み)

 ◆公開講座などで「地域学」導入進む

 日本の「地域学」は、地域の自然や歴史、文化、町並み、生活文化など様々な地域研究を総合的にとらえ、地域おこしの起爆剤にしようと、1980年代に各地で取り組みが始まった。

 行政や社会教育団体、NPOが主体のものなど、組織形態は様々だが、ここ数年、大学の地域貢献の必要性が指摘されるようになり、学内の共通教育科目や公開講座の形で「地域学」が取り入れられる例が増えている。

 地域学に詳しい宇都宮大学の廣瀬隆人教授は「大学の地域学は地域貢献の一つとして始まったものが多く、各大学とも模索の段階にある。一方的な講義形式ではなく、共同研究のような、団塊世代の知的好奇心に訴える仕組み作りを持つかどうかで、評価が分かれていくのではないか」と話している。

 大学が中心となった主な地域学

▽東北学(東北芸術工科大)

  地域学研究拠点、季刊雑誌発行

▽やまなし学(山梨学院大、短大)

  学内生涯学習センターで学生と市民向け講座

▽播磨学(姫路独協大)

  市民向け特別連続講座

▽長崎学(長崎純心大)

  学内に地域文化研究所、市民講座も

▽いしかわ金沢学(金沢大)

  子供から留学生まで文化体験講座

▽岐阜学(岐阜女子大)

  岐阜学会設立

▽鹿児島学(鹿児島大)

  全学でプロジェクト、教養教育改革の目玉に

  他にさいたま学(埼玉大)、群馬学(群馬県立女子大)、富山学(富山大)、三重学(三重大)、岡山学(岡山理科大)、高知学(高知短大)、香川学(高松大)、大分学(日本文理大)、新熊本学(熊本県立大)などがある

(2007年9月4日  読売新聞)

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