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教育ルネサンス

イングランド報告(1)

地方教委 民間が運営

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ちぎったマシュマロを素材に「conglomeate(礫岩)」を作るキャノンベリー小の子供たち

 イングランドには、教育委員会の仕事を民間委託する自治体がある。

 地域ごとに教育制度が違う英国で、イングランドは最も大胆な改革を進める。

 「Think!(考えよう)」「Achieve!(達成しよう)」「Succeed!(成功しよう)」

 ロンドンの中心部から地下鉄で北へ10分ほどのイズリントン区にある公立校、キャノンベリー小学校。その教室や廊下の壁には、企業の営業顔負けのスローガンが並んでいた。

 中流階級の住宅街と貧困地区が混在するイズリントン区は、貧富の差が英国一ともいわれる。区内に61校ある公立校の多くが、かつて、全国テストの成績で最低レベルだった。首相就任以前、住民だったブレア氏が、わが子を公立の中等学校に通わせなかったことでも話題を集めた。

 この区では2000年から、教育コンサルタント会社のケンブリッジ・エデュケーションが、日本の教育委員会にあたる地方当局(LA)の運営を任されている。教室のスローガンも民間委託と無関係ではない。

 公立学校は、個々の学校理事会が人事権を持つが、ケンブリッジ社は経営能力のない校長の交代を理事会に促してきた。キャノンベリー小の校長は5年で7人交代。現校長のジェイ・ヘンダーソンさん(33)は、2年前に着任した。スリムなスーツを着こなし、熱のこもった口調で話す校長の姿は若手起業家の風情だ。

 校長室の壁は、大ファンだという映画「スターウォーズ」のポスターとともに、成績目標などのデータがびっしり張られていた。

 「教師はみな子供を引きつける授業をしてくれている」とヘンダーソン校長は胸を張る。

 ある教室では、3年生(7〜8歳)がグループに分かれてお菓子作りに熱中していた。マシュマロやクッキー、チョコレートなどを使って堆積(たいせき)岩、礫(れき)岩、火成岩の組成を再現してみる理科の授業だ。

 「熱いから気をつけて!」。若い女性教師がコンロの周りにいる子供たちに声をかける。熱したアメをゆっくり冷やせば気泡の入らない“火成岩”ができることを実験してみせている。

 体験を通して科学的な知識を学べるよう工夫された授業に「これからはお菓子を見たら、嫌でも石の名前を思い出すわね」と子供の満足そうな声が聞かれた。

 校長は「区内の学校は全体的に目標意識が高まったと思う。ドライブ(原動力)の強さが違う。素早く緻密(ちみつ)な支援は民間企業ならでは」と評価する。

 同小では、新たに算数の成績向上のための予算2万6500ポンド(約610万円)がつき、教師1人を臨時採用して個別指導にあたらせている。「次のテストでは11歳児の半数が14歳レベルの学力を示すはず」と自信たっぷりだ。

 イズリントンLAの民間委託は英政府教育相の命令で決まった。1999年、国の独立監査機関、教育水準局(OfSTED)の監査を受け、「戦略や将来設計がなく、運営に失敗、学校や親の信用を失っている」と評価されたからだ。

 委託契約期間は6年間。LAのトップや主要な管理職は交代し、そのままの身分で移行した大半の職員には、企業精神が徹底的にたたきこまれた。

 「学校支援策で重点を置くのは、教師の質と校長の学校経営力です」。ケンブリッジ社からLAのトップに送り込まれたエレノア・スクーリングさん(53)は断言する。

 学校ごとに8人ほどのチームで継続的に授業内容や改善計画をチェック、必要に応じて教師や校長に研修や助言をしている。契約による成功報酬は、目標の達成度に応じて最高年間50万ポンド(約1億1500万円)。報酬をカットされた年もあるが、6年間で成果は着実に表れた。

 昨年の中等学校修了試験で、国が目標とする中程度以上の成績を取った生徒の割合が47%を占め、初年度から20ポイントも上昇した。OfSTEDの監査は2001年に「潮が変わった」としており、ケンブリッジ社は昨年、5年間の契約更新を勝ち取っている。

 「目標を達成しなければ職を失う。そんな感覚は、普通のLA職員にはないでしょうね」とスクーリングさん。他の自治体で成果を上げた手腕を買われて昨年4月に着任した。

 「2度も同じようにうまくいくかしら」。不安を語る口調から、むしろ自信がうかがえた。(松本由佳、写真も)

委託など改善策 国が命令

 最近の日本の教育改革は、学校評価や全国学力テストの実施など、英国を参考にした例が多い。地域住民らが学校運営に参画するコミュニティースクールも学校理事会制度の影響を受けている。教育再生会議で提言された教育委員会の第三者評価も、イングランドの監査を意識している。

 イングランドでは、教委にあたるLAを監査する制度が1998年にできた。現在、七つのLAが民間委託している。過去には、企業が撤退した例もあり、民間委託=成功ではない。

 サッチャー政権は、財政権と人事権を学校に移す一方で中央集権的な教育行政を敷いた。97年からのブレア政権は、困難校への改善支援の役割をLAに担わせつつ、教育水準局の監査の結果次第で、国がLAの民間委託を含む改善命令を出せる仕組みを作った。

 イングランドの義務教育は5歳〜16歳。統一カリキュラムの達成度を測る全国テストは7歳と小学校を終える11歳、14歳と中等学校を終える16歳の4回実施される。ただ、全国テストはイングランド以外では縮小や廃止の方向にある。

 地方当局(LA) 日本のように非常勤の教育委員は存在せず、議会の文教委員会が決定した政策を当局が実行する。イングランドには150のLAがある。以前は地方教育当局(LEA)と呼ばれたが、児童福祉行政も担うことになり、名称も変わった。

(2007年3月27日  読売新聞)

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