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初動ミス、捜査長期化 元時津風親方ら逮捕

「けいこ」か「暴行」か 傷、腫れと死の関係

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名古屋場所の時津風部屋宿舎に作られた土俵。斉藤さんの死亡前、30分もの「ぶつかりげいこ」が行われた(2007年10月8日、一円正美撮影)

 時津風部屋の傷害致死事件は、愛知県警が最初に事件性なしと判断しながら、約7か月後に当時の親方や兄弟子を逮捕するという異例の経過をたどった。日ごろのけいこでも力士同士が激しくぶつかり合い、けがの絶えない相撲の世界。県警にとって大きな課題になったのが、通常の「けいこ」を逸脱した「暴行」の立証と、遺体に残された無数の外傷と死亡との因果関係の解明だった。長期化した捜査を検証する。(中部社会部 河村武志)

 愛知県犬山市の同部屋宿舎でけいこ中に倒れ、急死した元序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)=しこ名・時太山=について、県警は初動捜査で「事件性なし」と判断し、司法解剖をしなかった。傷害致死容疑の適用を視野に捜査が始まったのは、遺族の要請で新潟大が行った解剖により、「多発外傷による外傷性ショック死の疑い」が浮上してからだ。

 県警に対し、元時津風親方の山本順一容疑者(57)や兄弟子の多くは「通常のけいこだった」と口をそろえた。部屋の中での出来事が正当なけいこの範囲内にとどまっていたのなら、傷害致死容疑は成立しない。

 力士同士が全力でぶつかりあう相撲のけいこでは、硬い土俵に投げられ、倒されることは日常的にあるだけに、「けいこでできた傷」との主張を覆す材料はなかなか集まらなかった。

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 このため県警内部では一時、斉藤さんの死を事故ととらえ、業務上過失致死容疑での立件を検討しようという動きもあった。しかしその後、部屋の複数の兄弟子から、死亡前日の宿舎での暴行や、当日朝の約30分に及んだぶつかりげいこについて、「制裁だった」との供述を得た。また、多くの相撲関係者も「30分ものぶつかりげいこは通常、あり得ないこと」と証言した。

 1991年に大阪経済法科大(大阪府八尾市)の日本拳法部で男子部員が退部届を出した制裁として殴打され、死亡した傷害致死事件を巡り、大阪地裁は「格闘技やその練習が正当行為と認められるには、スポーツの目的でルールを守って行われ、かつ相手の同意の範囲で行われなければならない」との判断を示している(控訴審で有罪確定)。

 斉藤さんの死因は当初、虚血性心疾患とされたが、遺族の意向を受けて昨年10月に新潟大が遺体の組織検査を行った結果、「多発外傷による外傷性ショック死」と判明。県警はこの結果と供述、裁判例などから、斉藤さんは死亡前日から当日朝のぶつかりげいこまで、兄弟子から断続的に暴行を受けて死亡した、と判断した。

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 斉藤さんの遺体に無数に刻まれた傷や腫れと、死亡との因果関係の立証も課題になった。特に「壁」となったのが、新潟大の検査結果でも致命傷が特定されなかったことだ。

 県警は「2日間にわたる暴行による死亡」と事件の構図を描いた。これに対し名古屋地検は、斉藤さんが死亡当日の朝もけいこ場に姿を見せてしこを踏んでいた点にこだわり、精密な捜査を求めたとされる。

 県警は昨年11月、名古屋大にも遺体の組織の再検査を依頼。その結果、ここでも致命傷は特定されなかったが、死因は新潟大の検査と同様に「多発外傷による外傷性ショック死」と断定された。また、暴行を受けるなどして筋肉や体内の細胞が損傷した場合、徐々に上昇する物質の数値が通常よりも高かったことにも着目し、県警は、描いていた事件の構図が補強されたと判断した。

 また、山本容疑者について、県警は、相撲部屋の最高責任者で、その指示に兄弟子が従わないことは考えられない存在であることを重視。死亡前日に斉藤さんの額をビール瓶で殴っていることや、その後、兄弟子らに「お前たちも教えてやれ」と指示し、これをきっかけに暴行がエスカレートしていたことから、立件可能と結論づけた。

「司法解剖必要だった」

 今回の事件は、警察官らが遺体を外から調べるだけで事件性の有無を判断している検視・検案の問題を改めて浮き彫りにした。

 特に今回の現場は相撲部屋という「密室」。事件として捜査を始めた場合に関係者の供述が得られにくいことは、初めから考えられた。また、力士は日常的にけいこでけがをしやすい環境にあるため、外傷と死亡の因果関係の立証が難しくなることも予想された。それだけに、慎重を期して最初から司法解剖をするべきだったとの指摘がある。

【事件を巡る経過】
2007年
4月
斉藤さんが時津風部屋に入門
6月25日斉藤さんは激しいけいこに嫌気がさし愛知県犬山市の同部屋宿舎を逃げ出す。しかし連れ戻され、時津風親方(当時)からビール瓶で額を殴られた後、兄弟子から暴行を受ける
26日斉藤さんがぶつかりげいこの直後に倒れ、搬送先の病院で死亡確認。死因は「虚血性心疾患」
28日新潟大が行政解剖。「多発外傷による外傷性ショック死の疑い」
8月上旬親方が斉藤さんの実家を訪れ、両親に謝罪
9月26日愛知県警が親方を立件へとの報道
27日父の正人さんが東京都内で記者会見し「真実を知りたい」
28日文部科学省が相撲協会に真相究明などを指示
10月1日協会が親方から事情聴取。北の湖理事長は「厳しい処分が必要」と表明
3日協会が親方以外の部屋関係者から事情聴取
4日協会が親方から再聴取
5日新潟大が組織検査の結果発表。多発外傷による外傷性ショック死と断定
協会が親方の解雇決定
11月22日愛知県警が組織検査の再検査を名古屋大に依頼
2008年
2月7日
愛知県警が元親方と兄弟子3人を逮捕

逮捕前は 雲隠れ状態…元親方/けいこは通常場所は休場…兄弟子

 昨年10月5日に日本相撲協会を解雇されて以降、山本容疑者が公の場に姿を見せることはなかった。年末、引っ越しの際の姿が民放テレビに流れた以外は、都内を転々としているとの情報が先行するばかり。雲隠れ状態に関係者も困惑していた。

 一方、3人の兄弟子は11月の九州場所、今年1月の初場所に向け、部屋や宿舎で通常通り、けいこに汗を流した。東京・墨田区周辺のコンビニエンスストアなどでは、3人が買い物をする姿がしばしば目撃されていた。しかし、本場所出場に関しては、「本人の意見を尊重」(新時津風親方=元幕内時津海)として2場所とも休場した。協会サイドも「社会通念に照らせば休場は当然。もし出場となれば本場所が混乱するのは確実」として了承した。通常、休場した力士は番付が降下するが、相撲協会は初場所14日目の1月26日に臨時理事会を開き、「警察の捜査に協力していることを配慮した」などとし、初場所番付のまま据え置く特例措置を決めた。(運動部 下山博之)

傷害致死罪
 故意に他人に傷害を負わせ、結果的に死亡させた場合に適用される。法定刑は3年以上の有期懲役。犯行時に人を殺す意思をもっていたかどうかという点で、殺人罪と区別される。
2008年2月8日  読売新聞)
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