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初動ミス、捜査長期化 元時津風親方ら逮捕「けいこ」か「暴行」か 傷、腫れと死の関係時津風部屋の傷害致死事件は、愛知県警が最初に事件性なしと判断しながら、約7か月後に当時の親方や兄弟子を逮捕するという異例の経過をたどった。日ごろのけいこでも力士同士が激しくぶつかり合い、けがの絶えない相撲の世界。県警にとって大きな課題になったのが、通常の「けいこ」を逸脱した「暴行」の立証と、遺体に残された無数の外傷と死亡との因果関係の解明だった。長期化した捜査を検証する。(中部社会部 河村武志) 愛知県犬山市の同部屋宿舎でけいこ中に倒れ、急死した元序ノ口力士、斉藤俊(たかし)さん(当時17歳)=しこ名・時太山=について、県警は初動捜査で「事件性なし」と判断し、司法解剖をしなかった。傷害致死容疑の適用を視野に捜査が始まったのは、遺族の要請で新潟大が行った解剖により、「多発外傷による外傷性ショック死の疑い」が浮上してからだ。 県警に対し、元時津風親方の山本順一容疑者(57)や兄弟子の多くは「通常のけいこだった」と口をそろえた。部屋の中での出来事が正当なけいこの範囲内にとどまっていたのなら、傷害致死容疑は成立しない。 力士同士が全力でぶつかりあう相撲のけいこでは、硬い土俵に投げられ、倒されることは日常的にあるだけに、「けいこでできた傷」との主張を覆す材料はなかなか集まらなかった。 ■ □ このため県警内部では一時、斉藤さんの死を事故ととらえ、業務上過失致死容疑での立件を検討しようという動きもあった。しかしその後、部屋の複数の兄弟子から、死亡前日の宿舎での暴行や、当日朝の約30分に及んだぶつかりげいこについて、「制裁だった」との供述を得た。また、多くの相撲関係者も「30分ものぶつかりげいこは通常、あり得ないこと」と証言した。 1991年に大阪経済法科大(大阪府八尾市)の日本拳法部で男子部員が退部届を出した制裁として殴打され、死亡した傷害致死事件を巡り、大阪地裁は「格闘技やその練習が正当行為と認められるには、スポーツの目的でルールを守って行われ、かつ相手の同意の範囲で行われなければならない」との判断を示している(控訴審で有罪確定)。 斉藤さんの死因は当初、虚血性心疾患とされたが、遺族の意向を受けて昨年10月に新潟大が遺体の組織検査を行った結果、「多発外傷による外傷性ショック死」と判明。県警はこの結果と供述、裁判例などから、斉藤さんは死亡前日から当日朝のぶつかりげいこまで、兄弟子から断続的に暴行を受けて死亡した、と判断した。 ■ □ 斉藤さんの遺体に無数に刻まれた傷や腫れと、死亡との因果関係の立証も課題になった。特に「壁」となったのが、新潟大の検査結果でも致命傷が特定されなかったことだ。 県警は「2日間にわたる暴行による死亡」と事件の構図を描いた。これに対し名古屋地検は、斉藤さんが死亡当日の朝もけいこ場に姿を見せてしこを踏んでいた点にこだわり、精密な捜査を求めたとされる。 県警は昨年11月、名古屋大にも遺体の組織の再検査を依頼。その結果、ここでも致命傷は特定されなかったが、死因は新潟大の検査と同様に「多発外傷による外傷性ショック死」と断定された。また、暴行を受けるなどして筋肉や体内の細胞が損傷した場合、徐々に上昇する物質の数値が通常よりも高かったことにも着目し、県警は、描いていた事件の構図が補強されたと判断した。 また、山本容疑者について、県警は、相撲部屋の最高責任者で、その指示に兄弟子が従わないことは考えられない存在であることを重視。死亡前日に斉藤さんの額をビール瓶で殴っていることや、その後、兄弟子らに「お前たちも教えてやれ」と指示し、これをきっかけに暴行がエスカレートしていたことから、立件可能と結論づけた。 「司法解剖必要だった」今回の事件は、警察官らが遺体を外から調べるだけで事件性の有無を判断している検視・検案の問題を改めて浮き彫りにした。 特に今回の現場は相撲部屋という「密室」。事件として捜査を始めた場合に関係者の供述が得られにくいことは、初めから考えられた。また、力士は日常的にけいこでけがをしやすい環境にあるため、外傷と死亡の因果関係の立証が難しくなることも予想された。それだけに、慎重を期して最初から司法解剖をするべきだったとの指摘がある。
逮捕前は 雲隠れ状態…元親方/けいこは通常場所は休場…兄弟子昨年10月5日に日本相撲協会を解雇されて以降、山本容疑者が公の場に姿を見せることはなかった。年末、引っ越しの際の姿が民放テレビに流れた以外は、都内を転々としているとの情報が先行するばかり。雲隠れ状態に関係者も困惑していた。 一方、3人の兄弟子は11月の九州場所、今年1月の初場所に向け、部屋や宿舎で通常通り、けいこに汗を流した。東京・墨田区周辺のコンビニエンスストアなどでは、3人が買い物をする姿がしばしば目撃されていた。しかし、本場所出場に関しては、「本人の意見を尊重」(新時津風親方=元幕内時津海)として2場所とも休場した。協会サイドも「社会通念に照らせば休場は当然。もし出場となれば本場所が混乱するのは確実」として了承した。通常、休場した力士は番付が降下するが、相撲協会は初場所14日目の1月26日に臨時理事会を開き、「警察の捜査に協力していることを配慮した」などとし、初場所番付のまま据え置く特例措置を決めた。(運動部 下山博之)
(2008年2月8日 読売新聞)
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