PCで音楽を再生したら
スパイウェアに侵される?
CCCD(コピーコントロールCD)をWindowsのPCに入れたらセキュリティホールができてしまう…と聞いて、あなたは信じるだろうか。近年、音楽メーカーはCDの違法コピーに頭を悩ませているが、米ソニーBMGが採った違法コピー対策が、思わぬ波紋を呼んでいる。
米ソニーBMGは、一部のCDに「XCP(Extended Copy Protection)」というコピー防止ソフトを実装した。CDをPCに入れると、このXCPが自動的にインストールされる仕組みだ。問題となったのは、このXCPの機能が「ルートキット(rootkit)」と呼ばれるプログラムと同様の手法を採っていることだった。ルートキットは、主にクラッカーが不正アクセスを行ったあとで、その痕跡を隠蔽するために用いられるツールである。
XCPでは、CDの複製を制限するとともに、不正コピーを監視するためにOSのシステムファイルを書き換え、自身の存在を隠すようになっている。常駐ソフトを実行しているのに、ユーザーからはその存在が見えないわけだ。これはまさにルートキットの特性そのものであり、悪用されれば大きなセキュリティホールとなってしまう。なぜなら悪質なプログラムを、セキュリティ対策ソフトの目を逃れて実行させることが可能となるからだ。例えばXCPがインストールされると、「$sys$」で始まるすべてのファイルが見えなくなるという特徴がある。ファイル名を「$sys$」で始めるだけで悪用できてしまうわけで、大問題であると言わざるをえない。
また、XCPはスパイウェアに近い機能も持っている。ユーザーが音楽を再生すると、IPアドレスや再生しているCDを特定して、米ソニーBMGのサーバに送信するのである。XCPを悪用したウイルスの存在も明らかになっており、下手をすれば個人情報の漏えいにもつながりかねない。そんなものが勝手にPCにインストールされては、ユーザーもたまったものではないだろう。
これらの点が問題視され始めると、早速米ソニーBMGは、XCPを削除するツールを自社のサーバに公開した。ところがこれが不完全なツールで、XCPを完全に削除できないだけでなく、新たなセキュリティホールを開くような失敗作だった。もちろん、現在ではこのツールの公開は停止されている。また、XCPを手動で削除しようとすると、最悪の場合CD/DVDドライブが使用不能になる可能性があり、アンチウイルスベンダーなども有効な対策を採れていないのが現状である。現時点の最善策はOSを再インストールすることだが、同じCDを再生すれば再びXCPがインストールされてしまう。
このような状況になっているにもかかわらず、その後の米ソニーBMGの対応もひどいものだった。幹部の1人は、「ほとんどの人はルートキットとは何かを知らないのだから、気にかけたりしないのではないか」などと発言したという。問題の本質をまったく理解していない言動である。現在、世界各国でプライバシー保護団体が訴訟を検討しており、イタリアの団体に至っては刑事事件としての告発も検討している。
国際的な大問題が
日本で報道されないのはなぜか
ところで、これだけ世界的な騒ぎになっているにもかかわらず、日本ではほとんど報道がされていないのはどういうわけだろう。幾つかのテレビ・新聞で簡単に報じられてはいたものの、海外メディアがそろって大きく報道しているのに比べると、ささやかすぎる扱いだと言わざるをえない。
「日本では被害があまり発生していないからではないか」と思うかもしれないが、米国のある専門家の指摘によると、XCPが組み込まれたPCは米国で13万台、日本には21万7,000台も存在するそうだ。これは、世界的に見てもワースト5に入るという多さだという。それなのに、数々の集団訴訟が持ち上がる気配の欧米に比べ、日本では大手メディアの危機感に雲泥の差がある。
相手が「ソニー」という大企業なだけに、広告収入減を恐れているのだろうか。筆者は、大手メディアが「著作権」の扱いに非常に気を使っているのではないかと推測している。例えばテレビは、2011年に地上デジタル放送に完全移行する。当然、テレビ業界はデジタルコピーに対する問題を抱えることになり、著作権に対しても厳しく取り締まっていくはずだ。音楽業界も、違法コピーを抑えるために、CCCDを広く普及させたいはずである。外貨獲得という面でも、総じて日本のコンテンツビジネスの骨格となるのが「著作権収入」になりそうな気配なのだ。だからこそ、著作権保護に関してユーザーに妙な意識を与えそうな今回の件に関して、追及が甘くなっているのではないだろうか。
これまで、日本は著作権問題で相当痛い思いをしてきた。ゲーム、アニメ、漫画、さらには駄菓子のレベルに至るまで、劣悪なコピー商品の横行に悩まされてきたのだ。代表的な例では、1990年に任天堂からスーパーファミコンが発売されたとき、台湾製の安価なコピー製品が大量に出回った例があった。当時の台湾では、外国に著作権のある製品の複製を許可していたのである。余談だが、台湾にはなぜか「世界に先駆けて台湾で発売された外国製品には著作権を認める」という法律もあったため、任天堂は日本よりも1日早くスーパーファミコンを発売したという経緯がある。これにより台湾でも著作権が生じ、スーパーファミコンのコピーは違法行為となった。ちなみに現在では、台湾も著作権の国際的条約を批准しており、台湾製の海賊版は陰を潜めている。
しかし、現在でも映画や有償ソフトなどの海賊版はあちこちで販売されており、まったく減る気配がないのが現状である。
報道はこのままでよいのか
ネット時代のメディアのあり方
筆者も、このような海賊版の横行に関しては、厳しく取り締まるべきだと考えている。将来を見据えたとき、何らかの著作権保護が必要なのは自明のことだ。しかし、著作権が踏みにじられている現状に目を向ける一方で、「問題のある著作権保護システム」に関しても、しっかり報道する必要があるのではないだろうか。
特に米ソニーBMGは、欧米において情報保護団体などから強烈なしっぺ返しを食らうことが予想されている。そのとき初めて事件の経緯を知る日本の人々は、どう感じるだろう。「著作権保護は何やらうさんくさい」というイメージだけ1人歩きすることにもなりかねない。
幸か不幸か、インターネット上では「隠蔽の度合いが強いものほど暴かれやすい」という法則がある。現在も、今回の件に関する大手メディアのいびつな姿勢は、ブログや掲示板などであれこれと取りざたされている。大手メディアの方々は、自分自身の首を絞めることのないようにくれぐれも注意してほしいものだ。
NETWORKWORLD3月号(2006年1月18日発売)掲載
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