盗用? インスパイヤ?
のまネコ問題のてんまつ
「恋のマイアヒ」という歌が、オリコンチャート1位の座に輝いたのは、2005年8月22日のことだった。エイベックスから発売されたのは3月だったが、難解なルーマニア語の歌詞をおもしろおかしく日本語に「空耳化」したFlashの特典映像が少しずつ話題となり、洋楽としては異例のロングヒットとなったのである。
実はこの映像、もともとは個人サイトで公開されていたものだった。オリジナル版では、「モナー」と呼ばれる2ちゃんねるのアスキーアートキャラクターが、空耳歌詞に合わせてユニークな踊りを踊っている。そのおもしろさに目を付けたエイベックスが、「モナー」を「のまネコ」に書き換えるなど内容を修正し、プロモーションビデオとして採用したのである。
ところが、エイベックスが同年9月に「のまネコ」の商標登録を申請し、キャラクターグッズの販売などを大々的に開始したことが、ネットの住人たちの反発を買った。モナーは、長年にわたってネット上で親しまれてきた「共有財産」である。それを一企業が商売に利用するとは何事だ…というわけだ。しかも、批判を受けたエイベックスが、「のまネコはモナーにインスパイヤされて映像化され(中略)、新たなオリジナリティを加えてキャラクター化したもの」という公式見解を発表したことが、彼らの怒りを増大させた。本来「Ins pire」には「霊感を受けた」などの意味があるが、ネット上では「パクリ」「盗作」の同義として流通するようになり、少年ジャンプの人気漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」(2005年11月7日発売号)にも「盗作って言うな、インスパイヤと言え」というせりふが登場するほど定着してしまった。ついにはエイベックス社長宅への放火や、社長の家族への危害をほのめかす内容が2ちゃんねるに書き込まれ、新聞・TVでも大きく報じられる騒ぎとなったのである。結局エイベックスは、のまネコの商標登録を取りやめ、特典映像の収録を中止、さらにキャラクターグッズの売り上げ放棄などの措置を取り、事態は収束した。
ネットの世界に蠢動する
「インスパイヤハンター」たち
今回問題にしたいのは、これらネット発の「インスパイヤ」告発問題である。ネットはおそるべき告発装置だ。だれかが発表した作品が何かの盗作であることに気づいたとき、日記や掲示板などに公表する人は多い。その事例がおもしろければ、ユーザーどうしで緊密な情報交換が行われ、事例が収集され、たちまち画像やFlash、MP3などが満載の比較/告発サイトができあがる。
こうなってしまうと、「まちがい探しゲーム」は冗談では済まなくなる。場合によっては「のまネコ」問題のように、メディアで大きく扱われる事件に成長するからだ。そしてネット上には、ほかにも数々のジャンルで「インスパイヤハンター」たちが活躍している。
例えば小説・エッセイのジャンルでは、T氏というエッセイストの盗作問題が一部の掲示板で大騒ぎになったことがあった。T氏はほかの作家の作品から一部を引用し、自作として発表していたというのだ。結局、T氏による謝罪などが行われて事態は沈静化したのだが、ネットのおそろしさを示した事例であると言えるだろう。
音楽関係も同様だ。音楽の場合はグレーゾーンの範囲が広く、盗作か否かは判別しづらいのだが、歌詞や楽曲の盗用問題はあちこちで議論になっている。明らかに「こじつけ」だと思われるような例も多いが、中にはテンポを統一して同時に再生させたFlashなどでその根拠を示し、冷静に検証しているWebサイトもある。
ちなみに著作権侵害は「親告罪」にあたり、犯罪として成立していても、著作権者の告訴がなければ裁判にはならない。しかし、ネット上では個人的な趣味で盗用疑惑を追及する場合が多く、そのような法的規定は何の抑止力にもなっていないようだ。何らかの政治的な配慮がありそうな事例でも、容赦なく掘り出されているのが現状である。
表現者にとって受難の時代?
情報化時代の陰で
特に辛らつに検証されるのが「漫画」である。画像は音楽や動画よりもネット上で扱いやすいせいか、他ジャンルより激しいツッコミが展開されている。
特に大きな話題になった事例としては、末次由紀氏の盗作問題がある。別冊マーガレットに連載中の彼女の作品の一部が、井上雄彦氏の人気バスケット漫画「スラムダンク」や「リアル」などと酷似していると2ちゃんねるで話題になり、それを受けて講談社が正式に謝罪したのである。この件で講談社は、末次氏のすべての講談社コミックスについて、出荷停止・絶版・回収の措置を採ると明言した。この措置には、さすがに筆者も驚いた。漫画界では、これまでも漫画家の盗用疑惑が一部で話題になったことはあったが、比較的規制がゆるく、絶版措置まで採られた例はほとんどなかったからだ。
もちろん、講談社の厳正な処置は当然のこととも言える。しかし今後、彼らは大きな問題を抱えてしまうことになりそうだ。なぜならトレースや盗用について、講談社は常にきぜんとした立場を取らなければならなくなったからだ。例えば、今後似たような問題が持ち上がるたびに、末次氏の「判例」が持ち出されることになるだろう。これは講談社にとって、重荷以外の何物でもない。
ちなみに今回の件に関して、ハンターたちの受け止め方は人さまざまであった。重すぎると考える人がいる一方で、当然の処置だと喝采をおくる人もいた。共通している意識としては、「自分たちのハンティング行為が社会に認められた」という達成感ではないだろうか。だれにほめられるわけでもない「盗作検証」という作業に、大きな理由付けがされたのだから。
ところで、末次氏の事件は、意外な方向に飛び火した。盗用された側である井上雄彦氏の「スラムダンク」が、各種スポーツ誌の写真をトレースしているのではないかという疑惑が発生したのだ。早速検証サイトが登場し、現在でもかなりにぎわっているが、この問題はまだまだ尾を引きそうな気配だ。版元の集英社がどんな措置を採るのか…ハンターたちの目が光る。
文字・音楽・漫画などの表現者にとって、マスメディアは諸刃の剣である。メディアを通して発表することには大きな影響力があるが、そのぶん監視の目も大きく鋭くなるからだ。そしてインターネットは、既存のメディア以上にその要素が濃い。データ収集が容易になり、発表の場が増えるというメリットはあるが、意地悪な見方をすれば、ネットは盗用素材の宝庫でもある。しかも、どれだけこっそりと盗用したつもりでも、ネット上の何百万人もの目をごまかし続けることはできない。ネットが発達した現在は、表現者にとって受難の時代と言えるのかもしれない。
NETWORKWORLD 2月号(2005年12月17日発売)掲載
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