ネット上の「デマ」に要注意?
その特性と傾向
人間というのはどうも「うわさ」や「デマ」が好きらしい。ご近所レベルでも、「あの人の会社が倒産しそうだ」「あの家の新しい嫁はバツイチだ」などなど、真偽の定かでないさまざまな情報が飛び交っていたりする。もちろんネットの世界も同様で、根拠のない風説の数々は枚挙にいとまがない。
ただしネット上では、実社会よりもうわさやデマの広がり方に特徴があるようだ。主な特徴として「高速に広がる(拡大しやすい)」、そして「収束も早い」という2点があげられる。総じて「熱しやすく冷めやすい」のが、ネットの特徴と言えそうだ。
では、ネットで流布されるデマにはどのような傾向があるのだろうか。
第一にあげられるのは、愉快犯的な行為が基になっているケースである。代表的な例として、以前「“jdbg mgr.exe”というファイルはウイルスに感染しているので、検索して削除せよ」という内容のデマメールが出回ったことがあった。メールにはファイルを削除する手順まで懇切ていねいに書かれていたのだが、実はこのファイルは、Windowsシステムにかかわる重要なものであった。「チェーンメール」や「ウイルス」も同様だが、大本は愉快犯的行為であり、それがネットに乗って瞬く間に広まっていくのである。
デマが自然発生的に生まれる場合もある。「口裂け女」「人面犬」などのような子供っぽい都市伝説は、ネット上にも数多く存在している。これらは怪談風であったりSF風であったりするのだが、とにかく「ちょっと人に話してみたい」と思うような、よくできた小ばなしである場合が多い。中にはこのような都市伝説をまとめたWebサイトも存在しており、読み始めるとほとんど時間を忘れて楽しむことができる。
しかし先日、このどちらにも当てはまらない、かつ最もタチの悪いケースが発覚してしまった。そしてそれは、東京地検特捜部が証券取引法違反の疑いで捜査を進めるほどの大事件へと発展したのである。
うわさを流して数十億円荒稼ぎ
その驚くべき手口
事件のあらましはこうだ。2002年の11月ごろ、「ジャパンメディアネットワーク(JMネット)」という会社が、携帯電話のコネクタに差し込む「モブデム」というアダプタの開発に成功したと発表した。JMネットの発表によると、このモブデムを携帯電話に挿すだけで、音声をIPパケットに変換できるという。さらにこのシステムを使えば、日本中どこへでも、月額4,500円で携帯電話がかけほうだいになるというのだ。通常の携帯電話を定額制のIP電話に変身させる魔法の小箱…それがモブデムであった。
本誌の読者なら、この説明を聞いて「?」マークを思い浮かべるはずだ。知っている人は知っていると思うが、携帯電話の外部接続用コネクタは、IP変換の元となるマイクからの音声信号を出力しない構造になっている。つまりIP圧縮の元となるアナログ音声の経路がないのだ。仮に音声をIP化できたとしても、どうやって携帯電話会社の通信網に自作のデータを乗せるのだろう。P2Pでの接続は無理があるし、途中に何らかの基地局が存在したとしても、当然そこからの通信費の問題がつきまとう。もちろん、キャリアに支払う接続料の問題もある。
しかし、そんな疑問を抱えながらも、JMネットの発表は業界の話題を瞬く間にさらっていった。現在でこそPHS会社のウィルコムが通話・メールしほうだいの定額プランを提供しているが、当時としては定額制は画期的なサービスだったのだ。JMネットの親会社は「大盛工業」という東証2部上場の企業だったのだが、2002年11月から2003年1月にかけて、大盛工業の株価は40円以下から110円代まで急上昇した。発表前とあとの株価の差益は、30億円とも40億円とも言われている。
そしてこの間の株売買で大もうけしたのが、JMネットの幹部で金融ブローカーの大場武生という人物であった。つまり、すべてはこの人物の思惑どおりだったのだ。大場氏は株価つり上げをねらって実現の見込みのないサービスの事業計画を公表し、ネットを使って風説を流布させ、株価が上昇したところでみごと「売り抜けた」というわけだ。結局、すったもんだのあとJMネットは倒産し、現在大場氏は証券取引法違反の疑いで指名手配されている(大盛工業は事件への関与を否定している)。
そもそもJMネットの発表当初から、事件の予感を感じていた人は多かった。背後にはモルガンを名乗る複数の企業が存在していたり、指定暴力団幹部の名が上がっていたりと、何やらきなくさい匂いがしていたからだ。実際、2003年1月あたりから、ネット上のあちこちからモブデムに対する疑問の声が上がり始めている。ただし、当時は「モブデム擁護論」も多く、モブデム不可能論が逆に株価操作の悪役であるかのように扱われたりもしていた。株を高値で売り抜けたい人々が意図的にモブデム擁護に回ったのではなく、むしろ一般の何も知らない人々が擁護していたように思う。
実は、本コラムの前身にあたる「アンダーグラウンドアングル」でも、この話題を扱っている(2003年6月号「夢か幻か? 定額かけほうだいIP携帯電話」)。詳細を知りたい人は、専用のまとめサイト(http://www.geocities.jp/ mobdem2003/)もあるので、参照してほしい。
だまされてからでは遅い!?
ネット時代の情報収集
現在、ネット上には百科事典も凌駕するほどの情報があふれている。努力しだいでは、限りなく無料に近い費用で、多くの有益な情報を得ることも可能だ。しかし、悪意のある情報発信者にとってみれば、インターネットは便利な拡声装置である。例えば前述のJMネットは、当時自社の受付や展示物の様子などをライブ配信しており、Flashを使ったモブデムの説明をネット上で見ることもできた。何のIT知識も持たない人々にとっては、モブデムは実現に向けて新鋭企業が開発を進めている最新技術と映ったことだろう。今思い返せば子供でも見抜けそうなデマだったのだが、当時は大の大人が大勢だまされていたのだ。
規模とスピードという点において、ネット時代の詐欺はスケールが大きい。対する警察/検察側のほうは、そのスピードに追いついていないのが現状のようだ。JMネットの例でも、3年も前から事件性を指摘されていたのに、最近になってようやく大場容疑者の指名手配が行われるというていたらくだ。かつて2ちゃんねるの管理人、西村ひろゆき氏が「うそをうそと見抜けない人には(掲示板を使うのは)難しい」という名言を吐いたことがあったが、「うそをうそと見抜けない人」がネットを使って情報を集めるのは、たいへん危険なことだ。それなりの知識と経験を持っている人々でさえも、風説の流布に惑わされてしまう時代である。筆者も含め、読者諸兄もそのことをしっかり肝に銘じてほしい。
NETWORKWORLD 1月号(2005年11月18日発売)掲載
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