なぜ、諸外国に比べて
日本の携帯電話端末は安いのか?
日本においては、携帯電話端末の価格は非常に安価である。かつてのような「1円端末」を見かけることは少なくなったが、最新機種でも2万円台で販売されている。ところが海外では、5万円ぐらいの価格が設定されている。日本に比べて物価が安いはずの発展途上国でも、携帯電話端末の価格は日本より上なのだ。
例えば、日本に比べて物価が8分の1程度と言われているタイでさえ、携帯電話端末の価格は3万円程度である。われわれの24万円に相当するので、現地の人たちにとっては非常に高価な代物であると言える。それでも携帯電話の保有者が多いということは、国籍を問わず、いかに携帯電話が現代人にとって利便性の高いサービスであるかを物語っていると言えるだろう。
では、どうして日本では携帯電話端末が安いのだろうか。製造コストが安いからだろうか。決してそんなことはない。デジタルカメラ、電子メール、Webブラウザ、GPS(全地球測位システム)、ゲーム、テレビ電話、音楽再生、カード決済といったさまざまな機能を搭載しており、液晶画面の品質もかなり高い。どう考えても、海外で販売されている携帯電話より製造コストが安いわけがない。
ユーザーが携帯電話事業者を変更すると、電話番号や電子メールアドレスはもちろん、携帯電話端末そのものまで変えなければならない。このことにわれわれ日本人は何ら違和感を感じていないが、筆者の知るかぎり、このルールは日本だけである。
海外では、携帯電話端末を購入することと携帯電話事業者と契約することは別である。つまり、携帯電話端末を変更せずに、別の携帯電話事業者との契約に切り替えることができるのだ。携帯電話そのものに契約情報が記録されているわけではなく、「SIM(Subscriber Identity Module)カード」と呼ばれるICカードに契約情報が記録されている。このため、自分のSIMカードを他人の携帯電話端末に装着して電話をかけると、その通話は自分の電話番号から発信され、かつその通話料も自分に請求される。
日本では、携帯電話事業者が携帯電話端末、ネットワークインフラ、アプリケーションまですべてを手がけている。そして、料金体系は、毎月ユーザーが対価を支払う形態となっている。そのため携帯電話事業者にとっては、いかにシェアを獲得するか、いかに端末当たりの月々の通話/通信料を上げるかが、自社の売り上げと利益に直結する。一方、ユーザー側にとっては、携帯電話事業者を切り替えると、電話番号や電子メールアドレスも変わってしまうので、いったん契約したら頻繁に切り替えるわけにはいかない。
そこで携帯電話事業者は、新規ユーザーの獲得に注力すべく、初期コストを安くするという戦略を展開してきたのである。それが、原価が5万円以上する携帯電話端末を2万円台で販売しても、月々の基本料金と通話/通信料で回収するというビジネスモデルである。
ユーザーの奪い合いが始まった
きっかけはauの定額制開始だった
ところが、携帯電話市場が飽和状態になり、だれでも携帯電話を持ち歩くようになったため、新規契約者数の大幅な伸びは見込めなくなってしまった。新規契約者の見込みがないとしたら、ユーザー単価を上げること以外に売り上げを伸ばす方法がない。
ところが、日本人の1人当たりの通話時間は、この数年まったく伸びていないため、通話料金による収入増は見込めない。そのため携帯電話事業者は、電子メールやWebブラウジング、画像転送、音楽配信などのアプリケーションを充実させ、パケット通信でユーザー単価を高めようとしたが、auが定額制料金を開始し、他社も追従せざるをえない状況になってしまった。
筆者は、一般消費者が個人の娯楽のために気軽に投資できるのは、毎月発生するものであれば1万円程度であり、1回で支払うものであれば10万円以下という感覚があるのではないかと考えている。携帯電話が飛躍的に普及し始めたのも、基本料金や通話料金の値下げにより月々の支払い額が1万円を切ったころからであり、インターネットへの接続も月額1万円以下になった段階だった。ビデオやCDプレーヤ、PCが普及したのも、10万円を切ってからだったと記憶している。つまり、月々の支払い額が1万円を超えると、人々は利用をためらうようになるという法則が成り立つことになる。
これまでだれも手を付けなかった定額制という料金体系をいち早く設定したauは、一気にユーザーの支持を獲得し、契約者数の純増がNTTドコモを上回るようになった。こうして、携帯電話事業者どうしの争いは、新規ユーザー獲得から競合他社との奪い合いへと変化したのである。
さらに、2006年11月1日から開始される「番号ポータビリティ」により、このユーザーの奪い合いに拍車がかかると一般には言われている。ところが、携帯電話事業者を変更すると、電話番号が同じでも電子メールアドレスが変わってしまうことは、あまり知られていないようだ。携帯電話ユーザーの中に、電子メールをまったく使用しない人はほとんど皆無だろう。したがって、番号ポータビリティが始まっても、携帯電話事業者どうしの競争にはあまり影響がないかもしれない。
携帯電話オープン化の衝撃は
“定額制ショック”を超えるか!?
これまで携帯電話事業者は、コンシューマー市場のみを意識してきた。もちろん、法人向けのサービスも提供していたが、法人顧客獲得のために開発された専用端末やアプリケーションはほとんどなく、コンシューマー向けに開発されたものの転用に過ぎなかった。ところが、コンシューマー市場が飽和してしまった今、携帯電話事業者は法人市場を大きな魅力ある市場と考えるようになった。その先駆けとなったのが、携帯電話事業者各社から提供された「モバイルセントレックス」サービスである。
このサービスの特徴は、法人向けでありながら、これまでの携帯電話事業者の戦略からはまったく踏み外していないことである。携帯電話端末は携帯電話事業者から購入する必要があり、携帯電話事業者が提供するアプリケーションしか原則として利用できない。もちろん、携帯電話端末のWebブラウザを利用したアプリケーションは開発できたが、携帯電話が持つさまざまな機能と連係するようなことはまったくできなかった。
前述したように、1人当たりの通話時間がまったく増えていないが、企業内においても電子メールやグループウェアの普及により、音声通話は増えるどころか減っているかもしれない。
そのため、音声通話を行うためだけにモバイルセントレックスを導入することは、コスト的にも、業務改革という観点からも、ユーザーにとっては魅力を感じない。これまでの構内PHSと機能的にはまったく同じであり、場合よっては音質や使い勝手が悪くなるとあっては、導入する決断ができない。
最近は、音声だけでなく、アプリケーションの端末として、それもモバイル端末として携帯電話が持つさまざまな機能を活用することにより、単純なコスト削減だけではなく、業務改革を推し進めようとする動きが活発になってきている。それに対応するためには、携帯電話の持つさまざまな機能をアプリケーションから使用できる仕組みが必要になる。今回、KDDIが開始しようとしている携帯電話のオープン化は、定額制と同じぐらいのインパクトを与えるかもしれない。
NTTドコモがかたくなに守ってきた「すべて自社だけでサービスを提供し、業界内で大きな影響力を保持する」というビジネスモデルに対して横穴を開ける可能性は大いにある。この動きが進むと、携帯電話事業者は携帯通信のインフラだけを提供する会社になってしまう。これまでのようにiモードやデジカメを携帯電話端末と一体化して提供するというモデルは、携帯電話事業者が独占していたから影響力があったわけで、これが開放されてしまい、すべてのインタフェースが公開され、さらにインターネットを通じてサービスが提供されることになると、携帯電話事業者の影響力は大きく低下するはずである。なぜなら、だれでも携帯電話インフラを利用したサービスを開発・提供可能になるからだ。
おそらく、この動きはKDDIをきっかけとして、ボーダフォン、それにウィルコムが追従し、NTTドコモも対応せざるをえないと思われる。もちろん、これから携帯電話事業者の仲間入りを果たす新規参入組も、このような動きは十分意識していることだろう。
(NETWORKWORLD 2006年4月号掲載)
一丸智司 著者プロフィール
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大手ネットワーク機器商社のストラテジックマーケティング室長。エンドユーザーへのネットワークコンサルティングとSIベンダーに対するマーケティングサポートで豊富な実績がある。通信・ネットワーク業界の事情通として知られている。
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